-人間は等しく、愚か。-
舞台はルーマニアの田舎村、主人公はそこで暮らすうだつの上がらない中年警察官イリエ。
長閑な空気が漂う村、緩やかに流れていく人生の時間。
「死体があがった」
そんなイリエと村を揺るがす一つの殺人事件。
崩れるように暴かれていく平穏で美しい村と人々の影に潜む闇。
この事件の果てにイリエは一つの結末へと辿り着く…
とまあそんな内容の映画なわけですがたまたまアマプラのおすすめに流れてきたので観ました。
面白かった…という表現が適切かどうかがしっくりこないので今回はあえてこう言おう。
良かった。
とにもかくにも良かった、と。
自分の中に何か大事なものを残してくれる意味ですごく良い映画だった。
良くも悪くも「ああ田舎だな」と感じさせる牧歌的な空気が殺人事件という田舎には刺激の強い出来事によって徐々にそのメッキが剥がれ落ちていき最終的には「こんなのどうしたらいいんだ?」と諦めたくなるような環境だったことを示しつつ、その上でそれを前にした主人公イリエの選択と結末を描く流れは実に見事。
田舎特有の鬱屈とした雰囲気や余所者への冷たい視線を投げかける閉じた息苦しさ、閉塞感を上映時間フルに使いたっぷりと描きつつ、殺人事件を含めその村で起きる出来事一つ一つを呑気に受け取る観客を嘲笑うかのようにその闇の色の濃さがどんどん取り返しのつかないレベルであることを開示していくのでこの映画の終盤に差し掛かる頃にはこの村が思っていた以上に終わっていることへの驚愕、そしてここで生きるイリエの諦観への納得が嫌というほどに理解できてしまうようになっている。
だからこそこの映画のラストはイリエが輝く。
それまで見ていて嫌になるくらい生々しい描写をされたイリエだからこそこの如何ともし難い閉鎖の究極のような環境と絶望を前にイリエはこの世界で最もカッコ悪くてカッコいい主人公となる。
悲観し後悔に塗れた人生を送る中年男性を癒す心温まるハートフルなやりとりも出会いもなく、彼を見直してくれるヒロインや子供なんかも居ない、なんならイリエを舐め切っているが故に彼を利用し駒のように扱う偉そうな村長らとのやり取りの方が多いし、まずそもそもイリエ自身がとにかく見ていて拒絶したくなるくらいに弱く、見ているこちらを深く刺すレベルの生々しさでイリエを通して人間の弱さを見せつけてくる。
そんなイリエが最後の最後にああいう場所へと辿り着きあの表情を見せる。
そこに希望を感じたのだ。
ずっと人生の辛さとやがて自分もたどり着くかもしれない虚無の域を見せられて悲しい気持ちになっていたのに最後の最後は悲しさなんて感じなかった。
「ああ、良かったな」と思えたのだ。
受け取り方は人によって大きく異なる結末だとは思うが、僕はこのエンディングに人間としての希望を感じることができた。
人生折り返し、一発逆転なんてそうそうあるわけもない。当然のように自分と自分を取り巻く環境は悪化していく、それでもその心に僅かであれ勇気があれば踏み出すことはできるのだ。
なけなしの勇気を振り絞って踏み出したあの一歩がいかに美しく希望に溢れたものだったか。
だからこそ「ああ面白かった」よりも「ああ、良かった」という感想がしっくりきたのかもしれない。
とまあイリエのお陰で陰惨な内容にも関わらずすっきりとした鑑賞体験を得ることができた。
ともすれば胸糞になったっておかしくない内容だったはずなのにそうはならなかったんだからこれはもう間違いなくイリエという男の描かれ方の妙だろう。
覇気も何もあったもんじゃない人生ってやつに疲れ果てている人生折り返し中年警官イリエの描かれ方が本当に画面の向こう側の我々観客を刺すように鋭くてこれが痛くて痛くてたまらなくて。
でもこれが本当に他人事とは思えなくて多分共感してしまう人は多くいるんじゃないかなと。
そしてその共感を呼び込む一方でこんな奴に自分を重ねたくねえ!と思ってしまう行動を平気で取ったりもする。
でもそこには無視できない生々しさがある。
村長や神父といった村の中で立場が上の人間にはへこへこしながら自分より下の立場の人間には怒鳴り散らしたり冷たい対応をする、めんどくさそうなことには関わらない事なかれ主義、その一方で気になる女には下心があるかのように親身に接しようとする。
そんな卑小さを詰め込んだかのような姿をひたすらと見せつけられる理解と拒絶が混在したかのような苦痛にも近い描写の連続。
でもこのろくでなしを他人とは思えない。
特に誰かが待つ家に帰りたい、と家族を持ち普遍的な家庭を築く兄と自分を比較し涙ぐんでいる場面は胸を抉る威力があった。
兄にも家庭を持っている男なりの苦悩があるはずだ。それを解らないわけではないだろうにただただ自身の人生に囚われ苦しんでいる惨めさはとても他人事とは思えない。
イリエの姿を通して自分もそうする気がする、こうなる気がする、という心当たりありありなくらいの生々しさを鋭利に突きつけられてしまう。
そんなどうしようもないイリエが最後の最後選ぶ一つの選択と結末が生々しく彼の弱さと苦悩をしつこいほどに描いたからこその爽快感があって本当に良かった。
ヒロイックなんかじゃないし、むしろみっともなくてモタモタとしている。
そんならしくもみっともないラストに、人生の共感と拒絶を覚えたからこそ抱ける憧れにも近い感情。
気づいているのに気づかないふり、見えているのに見えないふり、そんなことを繰り返してきた男が見せたなけなしの勇気はカッコ悪くて最高にカッコ良かった。
人生に疲れたら見る映画リスト入りですよこれは。
ちなみに印象的な場面は遠くを眺めた時の美しい景観と裏腹に足元に目を向けたときに落ちているゴミの数々、そしてそれに気づかないフリをしながら日々やり過ごし続けるイリエの描写。
まさにイリエはこうやって村で生きてきたのだろうなが詰まっている一瞬。
ある意味で賢く正しい生き方だと思うからこそ、やはりあの最後がメチャクチャに引き立つ。
終わって振り返るとあの結末にたどり着くその道中のイリエの全てが美しいとすら思える。
それは最後の表情を見れたからこそ言えることなのかもしれないけど。
などというお話。

