それは溢れ出たおっさんの青春 オカルト (2009) 感想

江野と田代 映画

妙ヶ崎通り魔事件を取材する白石ディレクターとその仲間たちが関係者たちに取材を重ねる中で事件の奥に潜む得体の知れない恐怖に触れ呑み込まれていく様をカメラに収めたフェイクドキュメンタリー映画。

あの『コワすぎ』の白石晃士監督が撮ったPOVホラーであり、コワすぎ最終章を観る前に履修しておいた方がいいとのことで視聴。

神や別次元の存在などコワすぎを感じさせる諸々の単語や現象に考察し甲斐を感じたのはもちろんだがそれ以上にまず一本のドキュメンタリーとして楽しかった。
あえてモキュメンタリーではなくドキュメンタリーと表現させてもらう。

2008年 死者108名、負傷者245名を出した「JR渋谷駅前爆破事件」
その犯人である江野祥平が犯行に至るまでのドキュメンタリー映画だ。

オカルト描写も相まって作り物感があるのでちゃんとフェイクのような味わいがあるがそれを蝕み飲み込むように江野という人物の人間描写が生々しく、目の前の映像が確かにモキュメンタリーであるという実感を持ちつつも同時に本当に現実に起こりうる何かを見せつけられたような気持になった。

とても万人におススメできるようなものではないが…
正直個人的には傑作。

とりあえず江野祥平、今回はこの男を中心に感想を書いていこうと思う。
まあ前述の通り爆破事件を起こした張本人でありそれを差し引いたとしても正直ろくでもない人間である。
しかしこの男が今作の面白さを牽引した立役者であることは明白だろう。

家を持たず日々の仕事を得ることもままならない30代派遣男性、ネカフェで寝泊まりし食事は100均で購入したおかしやカップ麺で済ませ仕事の電話が来る可能性のある待機時間にはマックで3時間近く居座り続ける。

なんだこの生々しいにもほどがある解像度の高い虚無中年描写は…

お金がないから自炊で節約しよう、とかにはならずジャンクフードで適当に凌ごうとするところなんかもう似たような食生活をしていた経験がある身からするとキューっと痛みが胸に走る。

謙虚で物腰の低い中年男性が打ち解けていくにつれ次第に本性を現し図々しく、そして馴れ馴れしくなっていく様子もリアル。

自分のために開いてくれた飲みの席で次から次へと遠慮せずに肉を頼みあまつさえ女性スタッフに説教までかます最悪の中年ムーブは完璧。
いるいるこういう人!

自分の体験とか知人友人を合体させてモンスター作ってませんか白石監督?
怖いよ!心霊現象とかじゃなくてこいつの描写自体が!

江野くんの目的が判明してからの後半はもうおっさん二人のデートムービー
BL映画でも観とるんか?と困惑したのも無理ないんじゃないかなと我ながら思う。

自爆殺戮渋谷交差点というあまりにパワフルワードかつ指示が具体的過ぎて普通の人なら絶対スルーするであろう神託を真に受けてせっせと爆弾づくりに興じるおっさん二人の様子があまりに楽しそうでもうホラーとかじゃなくて青春映画の空気。

爆弾作りが周りにバレないようにキャッキャと楽しむ様子は前半パートで死んだような目で派遣仕事の日々を送っていた江野くんとは別人のようで親や先生に隠れて友達と秘密の遊びをしている子供のように無邪気。
ああ、楽しそうでいいなあ」みたいな羨望を抱きそうになったがやってることが倫理的にアウトなんだよなあ…
危ない危ない。

今いる世界を壊したくて、何かしたくて、そして何よりもこんな糞みたいな場所から逃げ出したい、そんな江野くんの根底にある気持ちが見えた気がして思わず共感してしまいそうになることが怖くてしょうがなかった。

休日を過ごすかのように当たり前にインドカレーを食べ、楽しくインディ・ジョーンズについて語り、鑑賞し、友達同士で遊び終わった別れ際のように、ゆったりと穏やかに離れていく最後の一日の二人の様子はなんだか切ない気持ちになってしまった。
やっぱりBLだったかもしれねえ…

結果、彼は目的を果たす。
大勢の人命を道連れに。

江野くんと白石くん2人だけの世界を散々描いてからの爆弾でバラバラに吹き飛んだ凄惨な光景をカメラが捉えてしまう流れはどんな事情があったとしてもどんなに楽しかったとしてもこれが二人の行動が引き起こした最悪の結果だよ、と最後まで自己満足な二人だけの世界に浸らせない突き付けるような容赦のない結末で素晴らしい。

肝心の江野も今いる場所より絶対に良いところに行けると信じたのに現実世界よりもよっぽど地獄のような場所で苦しみ続けるというしっかり罰が降りかかったような顛末で人生の教材でも観ているかのような納得感あるもので大変良かった。

途中「地獄だぞ」と江野くんに絡んで爆弾を奪おうとしてこっちの腹筋まで試してきた変なおじさんは文字通り江野くんがこのままでは地獄に辿り着いてしまうという警告をしてくれていたんだろうな…

地獄だぞおじさん
唐突に現れどストレート真実だけを告げにきた謎のヒーローおじさん。マジで最後まで謎の男…というかその武器ナニ!?

もうちょいまともな絡み方してくれよそりゃ避けられるよと思わなくもないけど言葉で江野くんが止まることはないだろうから謎の武器で攻撃して強奪という判断は正しいのかもしれない…
(これは個人的解釈だが江野くんというか神託を受けた人間にとって反対意見をぶつけて止めようとする相手というのはあれくらい頭がおかしい人物に見えているという表現かもなとも思ったり。)

長々と書いたが結論はこう

この映画は怖い

ホラー描写は僅かなものでスケアジャンプで驚かせてくるようなこともない。
おおよそは価値観や倫理観が通常よりズレてしまった人間の人生を見せつけられるような作品だ。

心が弱っていたり疲れていたりする人が正常な状態なら信じないであろうことを信じてしまいオカルトに傾倒していきやがて重大な犯罪にまで手を染めてしまう様子は心霊怪奇関係なしに普通にそれだけで怖い。

なのにこの映画はそんな様子をまるで青春の一ページかのように見せてくる。

あの晴れやかさがとにかく観ている人間を不安にさせる。
少なくとも僕はなった。

無敵の人なんて言葉が生まれるような事件がSNS等の普及でより可視化されやすくなった現在、この「オカルト」という映画はより深く多くの人の心を恐怖させるんじゃないだろうか。

見たいものだけを信じ否定する人間の言葉から耳を塞ぎどんどんおかしな方に突き進んでいく「江野くん」は現実にたくさんいる。

「地獄だぞ」と警告してくれる人がいても信じることはないのだろう。

そして多くの人が江野くんのように地獄のような場所に辿り着いてしまうのだろう。

同じような何かが起きてもそれを止めることができないであろう誰かの未来を覗き見てしまった、そんな「誰かのドキュメンタリー」でもあると僕は感じてしまって…そういう意味で怖かった。

個人的には記憶に焼き付くような作品だった。

オカルト江野
爆弾を隠すためにチョイスしたパーカーが薄手すぎて怪しすぎる巨乳になっていた江野くん。職質されないかドキドキした。

そういえばコワすぎ最終章前に見た方がいい映画という話だったけど何故なんだろう。
確かにコワすぎと共通する要素はいくつか見受けられたけど、これがどう繋がるのか…

楽しみだぜコワすぎ最終章…

そして最後に…

この映画に五条悟と夏油傑があの夏共に堕ちていたら…というifを見たような気がして『青のすみか』を聴くとこの映画の映像が流れるようになったのでちょっと困ってる
今でも青が澄んでいそうだもの江野くん

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