―映画史上、もっとも無垢なシリアルキラー誕生。―
A24スタジオが仕掛ける三部作ホラー第2弾。
前作『X』からさらに年代を遡り第一次世界大戦中の1918年のテキサスの地を舞台に前作で殺人鬼だったパールを主人公に何故彼女が殺人鬼へと堕ちていったのか、一人の人間が抱える闇をテンポ良くポップに表現つつその過去を紐解いた傑作ホラー。
個人的には前作よりも好きで、そしてこれを観たからこそより前作を好きになる事ができた、今回はそんな『Pearl』について。
概要
舞台は1918年のテキサス。
前作Xが現代から30年以上遡った時代を舞台にしていたが本作Pearlではそこからもっともっと遡っている。
前作で大勢の若者を血祭りにあげた老婆パール、彼女が何故殺人鬼へと堕ちていったのか、その背景が語られる物語が展開。
前作Xを観ていなくても理解できる内容となっておりここからXへと流れることも可能だが、Xを観ておくことで細かい部分でのつながりやわからなかった部分の答え合わせなんかもできる、という仕様になっている。
ただ前作と比べると本作の方が(視覚的に)明るく可愛い雰囲気があるのでとっつきやすさを感じやすいかもしれないのでここから入るのもまあありだろうとは思う。
(まあ可愛い〜みたいな惹かれ方をした人は思い切り罠にハマってる気もするがそれもまた面白い出会い方だろう。)
ホラー映画としてはちょっと異色な作りでジャンプスケアなどの恐怖演出はほとんど無くグロいシーンも前作よりは少ない。
肉体を切断するシーンなんかもあるのだがお菓子かよってくらいサクッと切れるし出てくる血の色も明るいしと意図してか作り物っぽさが見えてグロさは薄いしなんか映画全体の色彩も鮮やかだしで全然気にならないので前作Xが大丈夫だった人にとっては余裕だろうしホラー苦手な人も全然イケるホラー初心者でも見れる映画じゃないかなと思う。
ただしそうした表面的な怖さは確かに無いがもっと奥深く、人間の内面に切り込んだ恐ろしさを本作は持っている。
前作がそうだったようにだ。
本作は殺人鬼パールの記録である。
パールが壊れていく様を見せつけられる映画である。
彼女がいかにして「ああなったか」を教える映画である。
そして時代に翻弄され、環境に縛られ、壊れ狂気に浸された一人の人間の姿を残酷なまでに色鮮やかに、ポップに描いた傑作ホラーである。
息苦しさ生々しさ
本作にパールの夫であるハワードはほとんど登場しないため前作から引き続いてガッツリ登場する人物は「パールのみ」、物語の焦点もマキシーンとパールの対比的な描き方をした前作とは対照的にパール一人に絞るなど兎にも角にも「パールを観ろ!!」と言わんばかりに強調してパールの描写が重ねられていくため前作以上に受け取りやすい構成になっている。
だからこそだろうか、とにかく苦しい。
夜のシーンが多かった前作とは反対にとにかく明るいシーンが多く、青空や緑など色彩豊かな景色がとても印象に残る爽やかな画面ばかりなのに観ていて凄まじいまでの息苦しさを覚えるのだ。
というのも本作のパールは物語開始時点からすでに精神がかなり限界点に近づいている状態からスタートしている。
殺人鬼になるまでの過程を0から描くのではなくある程度精神状態がおかしいところからスタートしてその最後のひと押しふた押しを見届ける仕様なのである。
例えるなら空のコップに溢れるまで水を注ぐのではなく、表面張力で限界ギリギリまで張り詰めたコップがなんらかのきっかけで溢れてしまう瞬間を切り取ったような内容である。
つまりこの映画開始時点でパールはまともとは言い難く結構なレベルでメンタルがおかしい。
案山子をぶっ壊して騎乗位ごっこするし要介護の父親ほったらかしで自分が入浴して饒舌なトークを披露するしとだいぶ序盤からキてるわこいつ…と引いてしまうような行動を見せてくる。
ぶっちゃけてしまうと中盤くらいまではホラーらしいことはほぼ何も起こっていないしいっそ『大草原の小さな家』のような雰囲気すらある。
(と言うよりもふた昔以上前の古いアメリカドラマっぽさとでも言うのだろうか。)
なのにパールのちょっとおかしな言動に引っ掛かりを感じてしまうせいか映画全体に妙な怖さを感じ取ってしまうのだ。
戦時中だったり疫病が流行っていたりなおかげで行動が制限され、夫も戦争に行っているし要介護の父親の存在と張り詰めたように厳しい母親の監視と束縛、時代や環境に縛られ舞台の上で踊るスターになりたいという夢を見ることすらままならない、そんな一人の人間のストレス限界生活を眺め続けるのである。
そんなんもう辛いに決まっている。

常に余裕が無く怒りや苛立ちが表情と態度に出続ける母親からの叱責と束縛、親との世代間の認識の齟齬から生まれる対立だったり家庭の事情からやりたいことも思い切りできない環境の生々しいまでの描写は戦時中という状況を除けば親近感を覚える人も多くいるんじゃ無いだろうか。
国や時代は違えど自分のリアルを掠めるような張り詰めた描写の連続はポップで鮮やかな画面からは考えられないくらいの緊張感をこちらに与えてくる。
爆発物がいつ大爆発を起こすのか、何がきっかけで導火線に火がついてしまうのか、その緊張感がずーっと漂い続けているのである。
そしてやがて親子喧嘩という誰にでもありそうな出来事をきっかけに最後のトリガーが引かれ、堰を切ったようにパールが溜め込んだものが溢れ、みるみるうちに赤い血の色がパールの日常を塗りつぶしていく。
圧巻である。
生々しいまでの張り詰めた緊張の糸が千切れ、解放されたかのように一人の人間があっという間に狂気に染まっていくその光景は圧巻の一言。
そこで一生を終えるかもしれないという現実への抵抗感や諦観、募るストレスと観ている多くの人間が親近感を覚えパールに感情移入しやすいよう演出された生々しい緊張感と息苦しさから解き放たれたように堕ちていく人間のその一瞬。
爽快とはとても言い難いその一瞬は、息苦しい現実に生きるパールへ感情移入し観ていた人間を地獄へと道連れにしてしまうほどの握力を持っている。
パール、そしてミア・ゴス
そしてやはり本作もミア・ゴスが素晴らしい。
マキシーンとパールを一緒に演じた前作以上のミア・ゴス・ザ・ワールドである。
代えの効かない最高の女優であることを証明するかのような存在感。

その演技は表情から立ち姿、ダンス、セリフの喋り方までパールの狂気を観に宿しているとしか思えない怪演っぷり。
本作こそミア・ゴスという存在を世に知らしめるに足る最高の一本になっているとすら言い切れるだろう。
それほどまでに凄まじい。
恐怖も悲哀も絶望も狂気もぜーーーーんぶここにある。
中でも散々語られていることではあるが終盤のパールにだけカメラを向けた状態で放たれるロング独白と狂気の長時間スマイルは見ている人間を映画内に引き摺り込みパールの恐怖をダイレクトに感じさせられるほどの引力を持っている。
ただ喋っているだけ、それだけの場面。
それだけの場面に凍りつくような人間の恐怖が詰まっていた。
それほどまでに迫真の演技だ。
前作以上にミア・ゴスムービー。
血と肉はおろか、骨と髄までミア・ゴスの全身ミア・ゴス劇場。
すごいもの見ちゃったな…と思わせてくれる狂気の怪演にこちらも完全敗北である。
ミア・ゴスに乾杯。
続編
そんなこんなでこの続き、というか時代的には『X』のその後を語る『MAXXXINE』がある。
(これを書いている時点ではまだ日本公開は決まっていないが)
前二作のテイストが全く異なっていることから三作目も違う雰囲気の作品となることを期待しているが果たしてどうなるのか。
そして過去編とも言える本作『Peal』を挟んだことにどんな意味を持たせるのか。
はたまた特に意味なんかなかったぜ!となるかはわからないがとにかく楽しみなところ。
というかパールの魅力が強すぎるので『Pearl』から『X』の間夫婦でどんなことをやってきたのか、その空白を埋める外伝シリーズみたいなのあってもいいんじゃないか。
三部作に綺麗にまとまっているからこそそう感じるのかもしれないけどパールはもっと胡乱な作品がたくさん生まれて長く語り継がれるキャラクターになって欲しい。
とりあえず変な方向に脱線しそうなので今回はこの辺で。
次は『MAXXXINE』が公開されたタイミングにでも。