–死ぬほど快感。-
あの『ミッドサマー』のA24が仕掛けたミア・ゴス主演ホラー映画『X』。
当初から三部作での映画化が決定しており本作はその一作目に当たる。
いやに強気な姿勢だなと思うが観ればわかるその強さ。
人によってはありきたりだと吐き捨てそうなくらいに使い古されたシチュエーションにわずかな目新しさとミア・ゴスという女優の魅力を混ぜることでこれまでにない体験を得られる怪作。
そんなこんなで今回はある意味笑えて、ある意味恐ろしくて、なぜか目を奪われる妖艶さを秘めた怪作『X』について。
懐かしく、そして見易いホラー
舞台は70年代のテキサス。
6人の若者が助けが来なさそうな田舎をまんまと訪れてそこで色々やってたら殺人鬼に襲われて酷い目に遭うというお話だ。
まあ流れ自体はいくらでもあるストーリーである。
ジャンルに馴染みの無い人でも特段物珍しさを感じない程度には様式美となった流れだろう。
代表的なところで『悪魔のいけにえ』が真っ先に思い出されるが本作のストーリーの流れも悪魔のいけにえをオマージュして作られたものであることが見たことのある人には感じられる作りになっている。
それ以外にも要所で『サイコ』、『シャイニング』などの有名ホラーオマージュも盛り込まれ『キャビン』とはまた違う過去の数々のホラー映画へのリスペクトを大いに感じる作品である。
また、グロさはほどほどで耐性が低い人にも見易く(きついのはナイフ滅多刺しシーンくらいかな?)、怖さに関してもホラーらしい恐怖描写の観点からはかなり抑えて作られている気がするのでこれまたホラー苦手な人も気軽に見ていいホラー入門映画としても良いんじゃないかと思う。
(本作をきっかけに悪魔のいけにえなどオマージュ元の作品に手を伸ばすのも良いだろう。)
勢い良いワニワニパニックとか急に挟まってくるNTR脳破壊展開とか思いもよらない角度からの攻撃で笑かしにもくるので見どころは盛りだくさんである。
問題があるとすれば家族と観ると大分気まずいんじゃないかというところくらいだ。

そしてこの映画、(それほど)グロくもなければホラーっぽい怖さもそこそこに抑えめだがそれでもどこか厭な気持ちにさせてくる内面的な怖さがある。
ただ人が殺されていく場面が怖いというわけではない。
人間の抱えるもっと根源的な恐怖を映し出しているのだ。
それこそが本作の大きな特徴と言えるだろう。
老人侮るなかれ
前述の通り本作は6人の男女がど田舎に行って殺人鬼にボコボコにされるという『悪魔のいけにえ』をベースにしたかのようなストーリーだ。
殺人鬼の正体もそこに棲む殺人一家とここでも悪魔のいけにえの遺伝子の濃さを感じさせてくれる。
しかし『X』はそこから少しずらしてきた。
殺人一家は殺人一家でもガタイの良いチェーンソーを振り回す大男なんかじゃない。
おばあとおじいである。
歩くのもちょっと辛そうな、思い切り押したらすっ転んでダウンしそうな見た目の老夫婦が若者たちをあの手この手で頑張って殺すのだ。
若者にパワーでは当然勝てないので真っ向勝負よりも不意打ちだらけ。
それも自身が老人であるというアドバンテージを活かし弱者のように振る舞いスキを見せたところを刺す!突く!閉じ込め!落とす!!
必殺の間合いに相手が入った瞬間を逃さず確実なるキル!!
そんなうまくいくわけあるかい!!とツッコミをいれたくなるくらい華麗にキルカウントを重ねていく!
(ワニもいるよ!)
しかも招き入れられた主人公ら6人はよくいる「殺されてもしょうがねえよこんな奴ら!」なカス若者ではなく夜の池の側に佇むおばあちゃんを見れば駆け寄り心配してくれたりおばあちゃんがいないと聞いたら探すのを手伝ってあげたりちゃんと殺される謂れのない善人である。
それを容赦なくキルしまくるのだ。
ちゃんと善人が殺されるから「なんやねんこのジジババ…」と嫌悪感を抱きながら眺めることになる。
面識の無い若者たちに憎しみをぶつけるように殺戮していく老夫婦の狂気じみた行動の数々は目の前の誰かではなくもっと見えない何かと戦っているかのよう。
この『X』で最も怖いのは老夫婦によるキルシーンではない。
その狂気の根っこにあるのが人間が誰でもなり得る未来、そして持ち得る感情にあるという可能性に気づき、彼らが全くの理解の外にいる人間ではないと知ってしまうことである。
「老い」
未知の領域、しかし必ず誰もが嫌でも辿り着く未来への恐怖を本作は見事に描き出していると個人的には思うのだ。
老いという恐怖
憎しみ混じりに招き入れた若者を殺し続ける狂気の生活を送る老夫婦だが中でも特に老婆パールが持つ狂気は一際極まっている。
しかしそれが身近なものであるのかもしれないと思わせるのが本作の恐ろしいところである。
老いたとはいえ達観したり悟りを開いているわけでもなく若い頃のように性欲はあるし他者や環境への激情を捨て去ることもできてはいない。
欲情して若者や旦那に抱いてもらいたがるし主人公マキシーンの若い肉体に羨望を抱きもする。
積もり積もった行き場の無い嫉妬と憎悪を暴力という形で出力してしまうパールの様は哀れを超えて恐怖である。
絵に描いたような落ち着いた老人像なんてものはそこにはなく一人の人間がたどった末路そのものである。

結局のところパールは一人の人間でしかない。
夢を叶えることを出来ず故郷から飛び出すこともできないまま思い通りにならない人生を歩んだ一人の人間なのだ。
怪物のように見えるそれはいずれ我々が辿るかもしれない可能性の一つなのだ。
自分は特別な存在であると信じ生きたい人生を進もうとするマキシーンとの鏡合わせのような描写も相まってそうはなれなかったパールの悲哀が際立つ。
マキシーンに向かって「最後はこうなる」「お前は特別じゃない」「いずれ何もかも色褪せることになる」と叫んだパールの言葉はマキシーンだけでなく本作を観た人間全員に刺さる叫びだ。
「老い」が訪れた時、果たして我々は過去を悔やまず、激情にも支配されずにいられるのだろうか。
パールという狂気は他人ではなくいつかの自分なのではないだろうか。
パールという個人を見つめることにより自分の「老い」を想像し暗い気持ちにさせられるような、そんな厭な恐怖がこの映画にはあるのだ。
ミア・ゴス
そしてそれらを超える本作、というか『X』三部作シリーズの最大の売りがある。
主人公マキシーンを演じるミア・ゴスだ。
本作の妖艶な空気は間違いなく彼女の演技によるものだろう。
マキシーンという女性の不思議な空気感、その心の奥まで見えない神秘さ・妖艶さがミア・ゴスの演技によって引き出されており単なる老人ホラー映画として老人にだけ目をいかせないような存在感を常に放ち続けパールら老夫婦に負けないキャラクターとしての強度を保っていた。
さらに驚くべきは老婆パールもミア・ゴスが演じていたという事実である。
鏡合わせのように描かれた二人だがまさかの演じる人間も同じ。
エンドクレジットが流れるまで同一人物による演技であると勘付いた観客が果たしてどれほどいただろうか。
年相応の歩き方や佇まい、心ここに在らずといったような虚な表情、本当におばあさんが演技しているとしか思えない老婆の存在感をパールは常に放っていた。
それがまさかのミア・ゴスによる演技だったとか普通思い至らないでしょうよ。
確かに鏡合わせのような存在として対比してマキシーンとパールは描かれてはいたけども。
だからもう極論言っちゃえばこの映画はミア・ゴスに飲まれる映画なんだよ。
ミア・ゴスの怪演がこの映画の血と肉なんだよ。
そんな極端なことを思っちゃうくらいにミア・ゴスに圧倒される映画だと思う。
(絶叫シーンで一番良い表情していたのはジュナ・オルテガだと思うけど)
続編の『Pearl』でもミア・ゴスが怪演で大暴れするのだがそれはまた別の機会に。
最後に
とまあここまで色々書いてきたがまとめるとよくあるありきたりなホラー映画と思うなかれということである。
様式美とでもいうべきホラーシチュエーションの上にミア・ゴスの怪演と美しい映像がもたらす人間の根源的恐怖は絶品。
グロいのが見たい!無惨に死んでいく姿が見たい!!な人には少し合わない作品かもしれないが表面的な痛みへの恐怖ではない、もっとどうしようもなく抗い難い「老い」を使った恐怖演出がなかなかに厭な形で心に残り続ける一本にっていると思う。
前述したようにほどほどの残酷描写にほどほどのびっくりシーンとホラー苦手だったり挑戦してみたと思っている人にもおすすめ。
続編の『Pearl』は本作とはまた違った雰囲気の作品となっているのだがこちらもとんでもなく見応えのある傑作となっている。
その辺の話はまた『Pearl』について書いたときにでも。
とりあえず今回はこの辺で終わりたい。
『Pearl』について書く前に『MaXXXine』の日本公開決定していてくれないかな…